有機モットFET
FET(Field-Effect-Transistor)は、図3Aに示すように電界によって界面のキャリア数、つまりバンドフィリングを変化させることが出来ます。我々のグループは、FET構造を使うとκ型BEDT-TTF塩を初めとする有機モット絶縁体においてフィリング制御のモット転移が実現出来るのではないかと考えて、研究を進めてきました。このような考え方は、IBMの理論グループによって1990年代後半に提示されており、実験的にも千葉大や産総研のグループによる先行研究がありましたが、具体的なモット転移の観測には至っていませんでした。我々は清浄表面を有するκ型BEDT-TTF塩単結晶の薄膜化を達成することによって(図3B、C)、他の系をはるかに凌ぐデバイス性能を引き出すとともに、モット転移を実際に観測することに成功しました。
図3 A:Mott-FETの断面図。B:有機モット絶縁体(厚み約500 nm)を用いたホールバーデバイスの光学顕微鏡像。スケールバーは100μm。C:κ-Brの表面AFM像。1.7nmの分子ステップが観察できる。(図は別画面で開くと拡大出来ます)
実験では、まずκ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br(以下、κ-Brと略称)の薄膜結晶をSiO2/Si基板に貼り付けて低温まで冷却します。κ-Brは本来12Kで超伝導になる物質ですが、その熱収縮率がシリコン基板(室温でおよそ2 ppm/K)に比べて大きい(室温でおよそ30 ppm/K)ために、低温に行くに従って基板からの引っ張り歪みをうけることになります。(κ型BEDT-TTF塩について:図2A参照)その結果、低温までモット絶縁体状態を保つことができました(図4A:青の曲線)。この状態でゲート電圧を印加すると、デバイスは正のゲート電圧で伝導度が上昇するn型FETとして動作し、そのトランスファーカーブは下に凸の曲線になることが分かりました(図4B)。デバイス移動度(μ)を、μ=1/C∙dσ/dVg)(ただしCはゲート容量、σは伝導度、Vgはゲート電圧)で定義すると、その値はVg=80 V付近で100 cm2/V·s 近くになります(最近のデバイスでは、200 cm2/V·sを超えるものもあります)ので、小さなゲート電圧の変化で、大きな電流を制御することが出来ることになります。また、ホール係数の測定により、界面のキャリア密度を見積もったところ、ゲート電圧が0~30 V付近でキャリア密度が急激に上昇し、正のある一定値に近づくことが分かりました。この一定値は、キャリアが界面1分子層にあると仮定すると、およそブリルアンゾーンの100%、つまりBEDT-TTFのダイマーあたり1つの正孔に相当しています。この挙動は、通常のFETでは考えられない挙動で、電界効果によって注入されたキャリア(Q=CV)を遙かにしのぐ数の、しかも正負の符号が逆のキャリアが、モットFETのON状態では伝導に寄与していることを意味しています。このような現象は、わずかな量の電子を注入することによってモット絶縁体が相転移を起こし、2つのハバードバンドがある状態から1つの(ほぼ)1/2充填のバンドに戻ることによって引き起こされたと考えられます。その後の詳しい解析により、Mott-FETではMOS-FETのようにキャリア密度nの変化で伝導度σの変化が起きるのではなく、nはほぼ一定(=ブリルアンゾーンの100%)のままキャリア移動度μの変化が起きてσが上昇することが分かりました。μは有効質量に反比例するので、上の結果は、金属側からモット絶縁体に近づくとキャリアの有効質量が発散するという、Brinkman-Rice理論とよく一致しています。
図4 A:κ-Brを基板に載せたときの電気抵抗の温度依存性。黒線は基板無しのバルクのデータで、青線はシリコン基板上、赤線はポリスチレン基板上での測定結果。B:κ-Brを用いたMott-FETの伝達特性。赤線はログスケール、黒線はリニアスケール。C:κ-Brを用いたMott-FETにおける、キャリア密度のゲート電圧依存性(20 K)。キャリア密度は、ホール係数から求めた。(図は別画面で開くと拡大出来ます)
[参考文献]
- Y. Kawasugi, H. M. Yamamoto, M. Hosoda, N. Tajima, T. Fukunaga, K. Tsukagoshi, and R. Kato
Strain-Induced Superconductor/Insulator Transition and Field Effect in a Thin Single Crystal of Molecular Conductor
Appl. Phys. Lett., 92, 243508/1-243508/3 (2008). - Y. Kawasugi, H. M. Yamamoto, N. Tajima, T. Fukunaga, K. Tsukagoshi, and R. Kato
Field-Induced Carrier Delocalization in the Strain-Induced Mott Insulating State of an Organic Superconductor
Phys. Rev. Lett., 103(11), 116801/1-116801/4 (2009). - Y. Kawasugi, H. M. Yamamoto, N. Tajima, T. Fukunaga, K. Tsukagoshi, and R. Kato
Electric-Field-Induced Mott Transition in an Organic Molecular Crystal
Phys. Rev. B, 84, 125129/1-125129/9 (2011).