分子を使った新しいエレクトロニクスを開拓する

新しいエレクトロニクスの担い手としてパイ電子が注目を集めています。軽くて曲げられるトランジスタとして最近盛んに 研究されている有機トランジスタ(Organic Field Effect Transistor = OFET)や、2010年にノーベル賞を受賞したグラフェンなどがその代表例と言えるでしょう。我々の研究室では、パイ電子によるさらに新しいエレクトロニ クスの創成を目指して、これまでとは違った独創的なエレクトロニクスの提案を、合成化学・物性物理・デバイス工学といった様々な知識を駆使して実現していこうと研究に取り組んでいます。具体的には、以下の3つのテーマについて研究を行っています。

(1)我々の研究室では、パイ電子エレクトロニクスの中でも非常に特異な性質をもつ、「強相関パイ電子」を使ったトラ ンジスタの開発に取り組んでいます。強相関電子系というのは、電子間のクーロン相互作用が強く働き、通常の伝導電子とは異なった振る舞いをする電子系のこ とで、例えば銅酸化物高温超伝導体(YBa2Cu3O7─δ など)の伝導電子はこの仲間に属することが分かっています。強相関電子のふるまいは、電子の濃度(バンドフィリング)に強く依存するので、FET(電界効 果トランジスター)構造により有機物界面の電子濃度を変化させてやると、絶縁体を金属や超伝導にスイッチ(相転移)させることが出来ます。我々は世界で初 めて、こうした相転移をOFET界面において観測することに成功しました(左図)。また、柔軟な有機物の伸び縮みを利用して、歪みによる超伝導のON/OFFスイッチも出来るようになりました。最近の成果の詳細はこちらのページで紹介しています。

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(2)有機分子は閉殻電子構造を持つことが多く、また強磁性的相互作用やスピン軌道相互作用も少ないため、これまでスピントロニクス用途としては主にスピン輸送を担う物質として用いられてきました。しかし、電子相関や分子のキラリティを活用することによって、スピン流を電圧に変換したり、伝導電子のスピンを偏極させたりすることが可能となってきています。我々のグループでは、特にCISS (Chiral-Induced Spin Selectivity)と呼ばれる効果を用いて、新たな有機スピントロニクスの展開を試みています。

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(3)近年、半導体微細加工技術が進展し、回路のハーフピッチが10 nmを切るようになってきました。あともう少し回路の微細化が進むと、分子性結晶の格子定数と同程度のサイズでパターニングが出来るようになります。回路がここま で小さくなると、分子1つを素子と見なす「分子素子」の考え方が有効になってきます。分子の形は有機合成によって非常に微細に制御できる上に、一度に1023個程度の大量の素子合成ができるため、分子素子が実現すれば安価で大容量のメモリが作製できる可能性があります。しかしながら、こうした分子素子に対しては配列・配線技術が未だに確立していません。そこでこれに応える一つの解とし て、結晶性のナノワイヤー配線に取り組んでいます。結晶中では、同じ構造パターンが3次元的に繰り返していますから、分子素子とナノワイヤーを同時に結晶 化出来れば、結晶そのものが大規模のメモリーとなる仕掛けです。これまでに伝導性のワイヤーを超分子で絶縁被覆した結晶構造(図2)の構築と、その物性評 価に成功しました。今後は3次元配線のための重要なステップとして、直交ナノワイヤーによるcross-bar構造の構築に取り組んでいきます。

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左図:有機モットFETの顕微鏡写真
中央図:有機モットFETにゲートをかけたときの界面キャリア密度変化。静電界によって誘起されたキャリアよりもはるかに多数のキャリアが突然動き出す様子を表している。
右図:超分子ナノワイヤーのCPKモデルによる構造図。中央の黄色い分子が伝導性の1次元分子鎖を形成し、その周囲を緑色の絶縁分子が被覆している。

参考文献

  1. Masayuki Suda, Yuranan Thathong, Vinich Promarak, Hirotaka Kojima, Masakazu Nakamura, Takafumi Shiraogawa, Masahiro Ehara and Hiroshi. M. Yamamoto, “Light-driven Molecular Switch for Reconfigurable Spin Filters”,
    Nature Commun., 10, 2455 (2019).
  2. M. Suda, R. Kato, and H. M. Yamamoto, "Light-induced superconductivity using a photo-active electric double layer"
    Science, 347, 743-746 (2015).
  3. 7. H. M. Yamamoto, M. Nakano, M. Suda, Y. Iwasa, M. Kawasaki and R. Kato, "A strained organic field-effect transistor with a gate-tunable superconducting channel"
    Nature Commun., 4, 2379/1–2379/7 (2013).
  4. Y. Kawasugi, H. M. Yamamoto, N. Tajima, T. Fukunaga, K. Tsukagoshi, and R. Kato, "Electric-Field-Induced Mott Transition in an Organic Molecular Crystal"
    Phys. Rev. B, 84, 125129/1-125129/9 (2011).
  5. H. M. Yamamoto, Y. Kosaka, R. Maeda, J. Yamaura, A. Nakao, T. Nakamura, and R. Kato, “Supramolecular Insulating Networks Sheathing Conducting Nanowires Based on Organic Radical Cations” ACS Nano, 2(1), 143-155 (2008).

キーワード:有機エレクトロニクス、有機FET、強相関電子系、超伝導、モット絶縁体、モット転移、超分子、ナノワイヤー、ハロゲン結合、分子素子、3次元ナノ配線